America's National Parks ～アメリカの国立公園を訪ねて～:West Virginia
アメリカは途方もなく大きな国だ。スケールが大きいだけに、ハイキング・トレールも長く、本格的なものが整備されている。その典型的なものがアメリカ東部のアパラチア山脈を縦断するトレールであろう。北はメイン州Mount Katahdin（カターディン山）から南はジョージア州Springer Mountain（スプリンガー山）まで14州にまたがり、全長2,175マイル（3,480km）もの壮大なトレールである。このトレールは、 Appalachian National Scenic Trail（アパラチア国立景観トレール）として、国立公園ユニットの１つに指定されている。このトレールは、Appalachian Trail Conservancy（アパラチア・トレール保存の会）や各地のトレール・クラブのハイキング好きのボランティアの人々によって維持されている。山好きの山好きによる山好きのためのトレールといえよう。アパラチア山脈は、ロッキー山脈やシエラネバダ山脈のように険しい山はないため、特別な訓練をしなくても、歩くことは難しくない。アメリカ人は挑戦好きで、このトレールを端から端まで踏破する人が少なからずいる。完歩者には2,000 Miler（2000マイラー）の称号が与えられる。3,480kmを歩き切るには、通常5ヶ月から７ヶ月、500万歩を要するという。このトレールを歩くことができるのは、春から秋に限定されるため、多くの人は少しでも距離をかせごうと南のジョージアから出発し、北のメインを目指す。とはいえ、ジョージア州も４月の中頃までは天気が荒れるため、それ以降の出発ということになる。単純にこれに半年を加えたとしても、到着する頃には10月の半ばになっており、冬になるまでに余り余裕はない。従って、４月下旬に多くの人が一斉にジョージア州をスタートすることから、この時期のジョージアのトレールは混んでいるらしい。Earl Schaffer（アール・スキャファー）氏が1948年に初めてこのトレールを踏破してから、これまでに9,000人を越える人が踏破を達成している。1995年にAndrew Thompson （アンドリュー・トンプソン）氏が達成した47日と13時間31分がこれまでの最短記録といわれている。なかなか半年のまとまった時間がとれない人は、毎年計画を立てて少しずつ歩き、何年かかけて踏破するケースも多い。実際問題これだけの距離を歩くとなると、どこかで食糧を調達したり、シャワーを浴びたりする必要があり、その意味でトレールから離れないという人はいないだろう。
しかし、このトレールは踏破するためにあるわけではないので、その一部だけ選んで歩いても構わない。東海岸の大きな都市からはあまり離れておらず、グレート・スモーキーやシェナンドアといった国立公園や国有林や州立公園を縦断しているため、それらを訪れる機会に少し歩いてみるということもできる。それだけでもこの国の緑豊かな自 然を体感することができるだろう。
アパラチア・トレール（国立公園局のHP）
（国立公園局の地図）（PDF）
7おびえ滝
ウェスト・ヴァージニアの河川は、冒険家たちを誘う全米屈指の急流ばかりではなく、静かに流れる川もある。New River（ニュー・リバー）の南、Bluestone Dam（ブルーストーン・ダム）によってせき止められてできたブルーストーン湖に流れ込むブルーストーン川は、美しい景観から、そのうちブルーストーン湖に近い10.5マイル（17km）の区間がNational Scenic River（国立景観河川）に指定されている。国立景観河川に指定されている部分は、ニュー・リバーやGauley River（ゴーリー川）と比べれば、比較的穏やかに流れている。ブルーストーン川も上流に行けば違った姿を現す。1,000フィート（300ｍ）の深さに峡谷を刻み、クラスIIIからクラスIVの急流が多くのパドラーを誘っている。ブルーストーン川は、その青っぽい石灰岩の川床からブルーストーンの名前がつけられている。
ブルーストーン国立景観河川で最も人気のアクティビティーは、フィッシングである。ブルーストーン川は、比較的水の温度が暖かいため、ここには、Smallmouth Bass（コクチバス）、Rock Bass（ロックバス）やBluegill（ブルーギル）などが生息し、これらの魚のフィッシングを楽しむことができる。季節にはハンティングも盛んである。
ブルーストーン川
ブルーストーン国立景観河川の東端と西端に、それぞれBluestone State Park（ブルーストーン州立公園）とPipestem Resort State Park（パイプステム・リゾート州立公園）があり、その間は7マイル（11km）のトレールでつながれている。パイプステム・リゾート州立公園は、２つのゴルフコースとブルーストーン川の渓谷を見学するトラムなどからなるリゾート施設となっている。リゾートでゆっくりゴルフなどを楽しみながら、ブルーストーン川の景色を楽しむという楽しみ方もあるようだ。
（国立公園局のHP）
（国立公園局の地図）（PDF）
New River（ニュー･リバー）の北にKanawha River（カナワ川）に注ぎ込むGauley River（ゴーリー川）は、国立レクリエーション地域に指定されている。何のレクリエーションかと言えば、ずばり急流下りである。Summersville Dam（サマーズビル・ダム）から蛇行しながら西に流れる25マイル（40km）は、670フィート（204ｍ）の落差があり、さながら急流下りのジェットコースターと呼ばれている。ゴーリー川の川下りは、米国東部で最もチャレンジングな川下りと言われている。
サマーズビル・ダム
ゴーリー川は、上流域9.8マイル（16km）と下流域11マイル（18km）に分かれており、下流域はクラスIIIからクラスVの急流であるが、上流域はクラスIIIからクラスV+の激流となっている。この荒れ狂う流れを求めて全国からカヤックの腕に自信のある者たちが集まってくる。また、ラフティングによる川下りのツアーもあるが、上流域のラフティングは経験者以外参加することができない。秋には、6週間週末に、川下りのために、意図的にサマーズビル・ダムからの放流が行われるため、この時期のゴーリー川を目指して全国から命知らずが集まってくる。
十代の若者たちのためにニューヨークの観光名所
ゴーリー川の流れ上流域には、Insignificant（インシグニフィカント）、Pillow Rock（ピロー・ロック）、 Lost Paddle（ロスト・パドル）、Iron Ring（アイアン・リング）、Sweet's Falls（スウィーツ滝）といった急流がある。下流域には、Wood's Ferry（ウッドのフェリー）、Koontz's Flume（クーンツの急流）、Heaven's Gate（天国の入り口）、Pure Screaming Hell（絶叫地獄）などと呼ばれるクラスIV以上の急流が待ち構えている。
アドレナリン、絶叫一杯の川下りを望む方は、ゴーリー川にどうぞ。
（国立公園局のHP）
（国立公園局の地図）（PDF）
アメリカでは毎年各州のモチーフをあしらった25セント硬貨が4枚ずつ発行されているが、2005年に発行されたウェスト・ヴァージニア州のものを見ると、深い渓谷に巨大な橋がかかっている風景が25セント硬貨に刻まれている。この風景を見ることができるのが、New River Gorge National River（ニュー・リバー渓谷国立河川）である。ニュー・リバーが切り込む深い渓谷をNew River Gorge Bridge（ニュー・リバー渓谷橋）がまたぎ、US19号線をつないでいる風景である。ここは、BASE Jumping（ベース・ジャンプ）と呼ばれる高いところからパラシュートを使って飛び降りるスポーツの愛好家が年に1回集まる場所となっている。
ニュー・リバーというが、この川は実は古い川である。5億年前の北アメリカ・プレートとアフリカ・プレートの衝突がアパラチア山脈を生み出したが、このときに東から西に向かって流れるニュー・リバーの原型がすでに出来上がっていた。ニュー・リバーは、アパラチア山脈形成期と同時期に流れていたため、ニュー・リバーはアパラチア山脈を切り刻むことができた。もともとは、オハイオ、インディアナ、イリノイを抜けてミシシッピー川に注いでいたが、1万年前の氷河期の影響でこの川が氷で一部埋められてしまったため、コースが変わり、Kanawha River（カナワ川）からオハイオ川に注ぎこむ形に変わった。ニュー・リバーによって切り刻まれている渓谷は、3.3億年前の砂岩や頁岩をむき出しにし、その深さは3,200フィート（975m）に達するところもある。ニュー・リバー渓谷国立河川中ほどのGrandview Overlook（グランドビュー展望台）から見下ろす景色は壮観である。
グランドビュー展望台からの景色
ニュー・リバーの刻んだ渓谷を間近で見るのに絶好の場所は、ニュー・リバー渓谷橋がかかる場所である。ニュー・リバー渓谷橋は、1977年に完成したアーチ橋で、ニュー・リバーからの高さは876 フィート(267 m)に達し、世界で2番目の高さだそうだ。下から見上げてみるとその高さがよくわかる。
ニュー・リバー渓谷橋
ニュー・リバー渓谷国立河川は、ニュー・リバーのうち、南のBluestone Dam（ブルーストーン・ダム）から北のHawks Nest Lake（ホークス・ネスト湖）までの53マイル（85km）を含んでいるが、ニュー・リバー渓谷国立河川の南側のセクションにあるSandstone Falls（サンドストーン滝）やBrooks Falls（ブルックス滝）などでも、流れの強さを感じることができる。
フォールズ、モンタナ州。
サンドストーン滝しかし、本当に流れの強さを感じるには、川を直接体感する必要がある。ニュー・リバーは、50マイル（80km）で750フィート（229m）もの落差のある急流である。この急流を目指してホワイトウォーター・カヤックの腕自慢が集まってくる。南のセクションは、比較的緩やかなクラスIからクラスIIIまでの急流であるが、北のLower Gorgeと呼ばれるセクションには、クラスIIIからクラスVまでの熟練者向けの急流となっている。
また、毎年10月の第3土曜日は、Bridge Day（橋の日）として、ニュー・リバー渓谷橋が通行止めとなり、一般に開放される。このときには、特別にニュー・リバー渓谷橋からのベース・ジャンプが許可されるので、全国から命知らずのベース・ジャンパーが集まってくる。死傷者も出ている危険なスポーツである。
どうやらここは、国立公園ユニットの中でも、最もスリルを求める人たちが集まってくるユニットかもしれない。
（国立公園局のHP）
（国立公園局の地図）（PDF）
Harper's Ferry（ハーパーズ・フェリー）は、Potomac River（ポトマック川）とShenandoah River（シェナンドア川）が合流する地点にあり、南部と北部の分かれ目に位置する。元々は、1733年にPeter Stephens（ピーター・スティーブンス）がポトマック川を渡ってShenandoah Valley（シェナンドア・ヴァレー）に向かう人のために渡しを始めたのが始まりで、1747年にRobert Harper（ロバート・ハーパー）がこれを買い取り、事業として成功させたことが町の名前の由来となった。この交通の結節点であるハーパーズ・フェリーに目をつけて、1799年、連邦政府は、マサチューセッツのSpringfield（スプリング・フィールド）などとともに、武器庫を設置した。ルイス＆クラーク探検隊が所持した武器は、ハーパーズ・フェリー製造のものであった。しかし、その武器庫は、さらに大きな事件の舞台となる。
右がシェナンドア川、左がポトマック川
その事件の主役は、John Brown（ジョン・ブラウン）である。ジョン・ブラウンは、1800年5月9日にコネチカット州に生まれた。その後、家族は、オハイオに移住し、皮屋を始めた。ブラウンは、若い頃、牧師を目指すが、目を患い、資金も尽きたことから、故郷に戻り、父親の皮屋を手伝った。1820年に結婚後、ペンシルベニアに移り住み、そこで牧場と皮屋を始めた。しかし、間もなく事業に失敗し、大きな債務を負うとともに、最初の子供と妻を相次いで病で失う。再婚し、オハイオに戻り、出直しを図るが、投機や事業に失敗し、ついには破産宣告を受ける。その後、羊毛業に手を染めるが、これも失敗に終わる。1855年、成人になり、カンサスに住む息子から、新しくできたカンサス州に多くの奴隷制推進者が入り込み、暴力を振るっているとの話を聞き、彼は 仲間を募り、カンサスに乗り込み、奴隷制反対運動を始めた。奴隷制推進者と奴隷制反対者は暴力をもってお互い攻撃するに到り、カンサスでは流血事件が耐えなかった。ジョン・ブラウンは、暴力も辞さない過激な奴隷制反対運動家として名を上げた。カンサスの争いが収束に向かうと、身の危険を感じたブラウンは、カンサスを脱出し、ニューイングランドを回って奴隷制反対運動の資金集めを行った。彼は同志と資金を集め、ある計画を実行しようとしていた。
その計画とは、ハーパーズ・フェリーにある連邦政府の武器庫を襲って10万丁のライフルなどの武器を確保すれば、周辺の黒人たちは呼びかけに応じて蜂起し、さらに南部に向かって進軍すれば、次々と南部の黒人たちが蜂起し、奴隷制を終焉させることができるというものであった。1859年10月16日、ブラウンは18人の有志とともに計画を実行に移す。難なく町に入り込み、武器庫を占領し、ワシントンの末裔であるLewis Washington （ルイス・ワシントン）大佐を人質にとり、付近の黒人に蜂起を呼びかけた。しかし、呼びかけに応じる者はなく、町の人々や民兵は武器庫を取り囲み、銃撃戦となった。ブラウンらは消防倉庫に立て籠もった。
ブラウンらが立て籠もった消防倉庫この知らせは、ワシントンの戦争省にも届き、たまたま居合わせた中佐が海兵隊を率いてブラウンらの武装解除を行うこととなった。彼の名前は、Robert E. Lee（ロバート・リー）。後の南軍の総司令官である。そして、彼の副官は、たまたま彼を訪ねていた昔の教え子J.E.B. Stuart（ジェブ・スチュアート）。後のリーの目となり耳となる南軍の騎兵隊長である。翌日朝、リー率いる海兵隊はブラウンらの立て籠もる消防倉庫を取り囲み、投降を呼びかけたが、ブラウンはこれを拒否したため、海兵隊が突入し、反乱者を鎮圧した。鎮圧までに、ブラウンは、２人の息子を含む10名を失った。ブラウンは逮捕され、ヴァージニアで裁判にかけられ、反乱罪・反逆罪などで死刑判決を受け、12月2日に処刑された。この処刑に際して治安維持のため動員されたヴァージニア軍事学校の部隊を率いたのはThomas Jackson（トーマス・ジャクソン）少佐。後にリーの右腕となる南軍の将軍である。ブラウンは、処刑の前日、こう書き残している。"I, John Brown, am now quite certain that the crimes of this guilty land will never be purged away but with blood. "（私、ジョン・ブラウンは、この罪ある地の犯罪は血をもってしか拭い去ることができないと確信する。）それから１年半後、ジョン・ブラウンの予言どおり、60万人以上の死者を出し、５年間続く、南北戦争が始まることとなる。
ハーパーズ・フェリーは、シェナンドア・ヴァレーの入り口、南部と北部の境目に位置するため、南北戦争時には、占領者が南北で８回も交代し、最も被害を被った都市の一つとなった。戦争勃発後、直ちにトーマス・ジャクソンは、ハーパーズ・フェリーを襲い、武器製造機械を押収し、リッチモンドに送っている。また、ハーパーズ・フェリーを巡る戦いの中でも有名なのが、アンティータムの戦いの前に1862年９月12日から15日にかけて行われた戦いである。南軍を率いるリーは、シェナンドア・ヴ� ��レーからの物資供給路の確保とハーパーズ・フェリーに集積する武器の確保を狙って、トーマス・ジャクソン将軍にハーパーズ・フェリー攻略を命じた。ジャクソン将軍は、北軍のハーパーズ・フェリー守備隊を取り囲んで爆撃し、12,500の守備隊はジャクソンに降伏した。南北戦争で連邦軍最大規模の降伏となった。
奴隷解放宣言後、南北の結節点であるハーパーズ・フェリーには多くの逃亡奴隷が集まってきた。1864年には、教育者Julia Man（ジュリア・マン）がここに黒人のための学校を設立したのが始まりとなり、戦後の1867年には自由となった黒人のためにStorer College（ストアラー大学）が開設された。ストアラー大学は、事実上奴隷同様の境遇に置かれる黒人の地位向上を目指すため、W.E.B. Du Bois（デュボイズ）博士らが始めたNiagara Movement（ナイアガラ運動）の第２回全国大会を開催する場所に選ばれた。ストアラー大学は、1954年に人種隔離政策が終了するまで、黒人高等教育の場として重要な役割を果たした。
ストアラー大学跡歴史が一杯つまったハーパーズ・フェリーは、訪れるたびに新たな発見がある。いろいろな角度からこの町を散策してみませんか。
（国立公園局のHP）
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