The Lake
『情事』のその後
世界の総てを真っ赤に染め上げる夕日を、新しく宿った生命と眺めるようになってどれ位経つだろう。
もう、この世にたった一人の迷子ではない。今は穏やかにただその日を待っている。
長患いをしていた父を見送ってしまったら、きっちり片をつけていたはずの気持ちは、その場に踏みとどまってはくれなかった。
これが本当に最後と言いきかせながら、ウインのダイアルを迷うことなく押していた。
鍵のかかっていない細く西日が差し込むひっそりとした教室で、ソヒョンが「逢いたかった」と告げた瞬間、ウインの差し入れた指をその黒髪一本一本が彼を感じ、同時に長い溜息が漏れた。
最後まで「愛していると言って下さい」とせがんだ若いウイン。口に出しては決して言うことの出来ないその一言。ソヒョンには言うつもりもなかった。バードケージがいくら広くても。
始めから未来のない二人に駆け引きなどは必要なく、世間のセオリー通りにそのときを迎えた。
ただ一人の女となりゲイトを通り抜けたときには、まだそのことに気付いていなかった。
「40歳までにはここで暮らしたい」というウインの夢を自分に重ね合わせていたソヒョンは迷うことなく行き先はブラジルのマナウスと決めていた。それは初めて訪れたウインの部屋で、開け放たれた窓から伸ばした指先が柔らかい雨に触れたときからきっと決まっていたのだろう。
その町に降り立ったソヒョンはあまりの自らの無謀さに笑みまでこみ上げてきた。馴染んだ顔も文字も見つけることもできない。しかし傍から見れば遠距離恋愛にピリオドを打ちに恋人のもとへやってきた安堵感に溢れた幸福そうな女と映っていたかも知れない。
全てを、夫を、子供を、そしてウィンすら棄てて、たった1人で来た異国。でもなぜかソヒョンはこれから自分を何かとても素敵なものが待っている気がしてならなかった。
「全てから解き放たれたせい?」と自分では思っていたのだが...。
全く知らない場所でも、何処に行こうかとか、何をしようかとか、そういう不安は何故か なかった。何か自分を待っているものを強く感じるソヒョン。
気持ちのいい風に吹かれながら、自分の前世はここに生きてたのかしら・・・などと思いながら、初めて見る筈の景色に何故か懐かしさを感じていた。
そこへ突然飛び込んできた、何よりも懐かしいもの、そして何よりも愛しいもの。
「嘘でしょ?」と思わず笑ってしまうソヒョン。一旦青く澄み渡る空を見つめ、幻 だと自分に言い聞かせながらもう1度その方向を見てみた・・・。
「やっぱりね。私ったら、振っ切ったつもりでいたのに。バカよね」と切なく、ある意味呆れた笑いを口元に噛み締めながら、先程幻を見た方向に背を向けた。
ここでの暮らしにも溶け込み、仕事先のレストランでも「ソフィア」と呼ばれるほどすっかり馴染んできていた。
そんなある日料理を運んでいたら、いつも通りの匂いに胸が悪くなる感じを覚えた。
「あっ」
何かが起こりそうだという予感が的中した瞬間だった。
あの日、 数日前から風邪気味で、ウインからの電話にも出られずに休んでいた。むしろ出ないように自らを悪くさせていたのかもしれない。
それでも「一緒に地方に行こう」と懇願されたことを一時たりとも忘れ� ��ことはできなかった。
気が付いたときには車を飛ばしウインの家のドアを叩いていた。
「心をからっぽにして」と力強く囁かれた。ソヒョンにウインを拒むことなどできるはずもなく、幾度も狂気の淵に堕ちそうになるほどの錯覚に囚われた。
このままどこまで突き堕とされようともウインの手は決して離さないのだと痣になるほど握り締めていた。
レストランの裏口に佇んだソヒョンはこれから訪れるディナータイム前の僅かな時間、ウインとの日々に思いを馳せていた。
その頃 ウィンは湖畔を歩いていた。
そう、自分が幼い頃に良く遊びに来ていた場所。
懐かしい、、、湖面を揺らす風がウィンの頬を優しく撫でる・・その感じはソヒョンを思い出させる。
いつも優しく自分を見つめ、しかし その瞳の奥には常に悲しさを秘めていた・・
ウィンは彼女の瞳の奥の悲しさを見つけるといつも絶望感に襲われた。
ボクではどうしてあげることも出来ない彼女の悲しみ、、、自分の無力さに苛立ちを感じた。
彼女はボクを捨てた・・
懐かしく楽しい思い出だけがあると思ったこの場所もまた、ソヒョンを思い出させてしまう場所になってしまうなんて・・
いつか二人ここで・・ここで彼女を幸せにしたかった・・
昔、泳ぎ疲れて寝ころんでいた湖畔の小さな小屋に向かって歩いた・・
同じ湖畔にいる二人は反対の方向へ歩いて行った・・
ウィンはホセの家に向かった。少年時代を一緒に過ごした親友。アメリカへ行ってからは逢うこともなくなってしまったが、それでも時折電話で話していた。
ま� �このマナウスへ来たことをまだホセには伝えていなかった。彼女に捨てられた傷心のままではとても旧友と笑顔で会えそうもなかったからだ。
しかし、この湖であのころと同じ夕陽を眺めていると不思議と心が落ち着いた。
「きっと彼女とはまた会える。僕の心は変わらない。これからもきっと彼女を愛し続ける。他の女性なんて考えられない。そう思っていればきっといつかどこかで会える日がやってくる」
小さく微笑みをたたえたウィンは晴れやかな気持ちで湖畔の西側にあるホセの家の門をたたいた。
「Hi!ホセ」
「ウィン!ウィンじゃないか!!!」
友人のホセは昔と変わらない人なつこい笑顔でうれしそうに抱きついてきた。
「何時帰ってきたんだい?全然連絡もしないで、水くさいじゃないか。一人 かい?結婚するって聞いたよ。彼女はどこだい?」
相変わらずだ・・ウィンは少し困った顔でホセの様子を見ていた。
「ははは、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったな、、だって仕方がないだろ、全然連絡くれなくて、突然現れたら興奮するさ、とにかく入れよ。お茶でも入れよう。いや、、ビールの方が良いか?あっはっはっは!」
さすが親友だ、、なにも言わないウィンの表情でなにかあったことを察したのだろう、、
ホセに会いに来てウィンは心から良かったと思っていた。
「しばらくここにいて良いかな・・」
「もちろんだよ!好きなだけいると良い。丁度明日は休みだし釣りにでも行こうか?」
その夜は二人で懐かしい話をしながら朝まで語り合った・・
日毎大きくなってくる生命の重み。今隣に ウインがいてくれたらどんなにか心強いだろう。怖い物など何もないだろうに。月が満ちてくるにしたがって、気弱になってきていた。
レストランでソヒョンによくしてくれている中華系移民のウェイトレスが「ソフィア、最近ね、たぶんあなたと同じ韓国系らしい男の人が湖のほとりに佇んでるらしいんだけど、知ってた?」
彼の微笑み、彼の声、香り、それらの記憶が、ウインの触れたソヒョンの身体の隅々まで一気に覚まさせる。
ソヒョンは不安だった。その男の人がウインと決まった訳でもないのだ。そう自分を落ち着かせた。
翌日、釣り糸を垂らした二人はずっと静かに語り合っていた。昨夜は婚約をしたところまで聞いたが、そのあとウィンの口は重くなった。それを察したホセは
「俺、もう眠� �なっちゃったよ。そろそろ寝よう」そう言ったとき、ホセの母の怒鳴り声が聞こえた
「ホセ!ウィン!いつまでしゃべってんだい!早く寝な!」相変わらずおせっかいとまでいえるくらいに親切なマンマの怒鳴り声だった。
家庭の愛情には包まれなかったウィンにとって、ホセのママは言葉こそ荒いが本当の母のように自分のことを心配して愛してくれるただ一人の人だった。
ママの声に二人は首をすくめながら「寝よう」とくすくす笑いあった。
ここで、 50マイルが始まった都市であった
翌朝、またママにたたき起こされて弁当まで持たされて湖に釣りに出かけた二人。ここは時間がゆっくり過ぎていく。焦ったり急いだりしなくていい。自然のままに心のままに身を任せればいい。海のように大きな湖。静かな時間。心落ち着く山々。昨日の重かった口が開いた。
「婚約者のお姉さんを愛してしまったんだ」
この一言でウィンの心が見えた。ホセは「そうか。辛かったんだな」それだけを言った。
一緒に遊んでいた少年時代からウィンは自分の辛いことは多くを語らなかった。普段から口数の多い方ではなかったが、ことさら無口になるのだった。それを知っているホセは話題を変えた。
「俺、彼女がいるんだ。昨年この湖で身投げをしようとしている女性を� �けたんだ。アジア系の女性でな。おれたち南米の人間にはその人が韓国人なのか中国人か日本人かなんて区別できない。数日家で看病したんだ。回復したらまだ寝てなくちゃいけないのにママの手伝いを懸命にするんだよ。ママも気に入ってさ。ほら、こどもが俺しかいないだろ?「娘ができたみたいだわ」ってママも喜んでさ。
でも、いつまでもそんなふうにお手伝いみたいな真似もさせられないし、湖の東側にあるダイナーのマスターに頼んでウェイトレスの仕事を紹介してもらったんだ。今はそこで働いてるよ。そこの寮に入ってる。週末になるとうちに遊びにやってくるよ。俺、そいつと結婚しようと思ってるんだ。でもな、彼女子どもができない体なんだ。子どもが大好きなママのことを思うとつらいんだけど、俺には彼女� ��必要なんだ。」
週末になり、ホセの家に恋人のポーリンがやってきた。中国系の女性らしくほっそりとした小柄な人だった。
いつものように玄関から入ってきたポーリンだったがウィンを一目見て「あら、、」と言って口を手で押さえた。
ホセが「どうした?こいつは俺の古い友だちでウィン。韓国人だ」
「どうも」と言ったままポーリンはホセの後ろにすっぽりと隠れた。
そこへ山盛りの料理を運んでいるマンマの声が響いた
「みんな〜〜ごはんだよ〜〜〜」
食卓を4人で囲み、ママはごきげんだ。いつもはホセと二人だけの寂しい食事がにぎやかになったからだ。料理が得意なママは食卓にどっさりと料理を乗せるのが大好きなのだ。
いつものように口数の少ないウィンやなんだか落ち着かないポーリ ンを気にもせず、それぞれのお皿に山盛りの料理を盛りつけるママ。「残したら承知しないからね!」
もちろん会話の主導権はママにある。どんどんあふれてくる話題に次第にうち解けてきた。
ホセ「ポーリン?どうしたんだ?友だちの前で緊張しているのか?」
ポーリン「ううん、ちょっと」
ママ「隅に置けないね、ポーリン。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
ポーリン「実は、ウィンさんのこと、数日前から湖にたたずんでいたのを見たもので」
ウィン「え。。」
ポーリン「遠くを眺めながらなんだかとても寂しそうな顔だったから気になっていたんです」
ホセ「そうだったのか、、。こいつもいろいろあったみたいでさ。ま、仲良くしてやってくれ。俺の大親友なんだから」
ポーリン� �そういえば、うちのダイナーにもこないだから韓国系の女性が働いてますよ。ソフィアっていうんだけど、その人もなんだかウィンさんと同じような寂しそうな眼をしていて、だから余計気になったのかも」
ポーリン「二人とも、きっとあのときのあたしと同じ眼をしていた。」
ホセ「それって、、、」
ポーリン「でも大丈夫と思った。だって二人の目には哀しみの中に小さいけれど愛がみえたもの。あたしのときのように絶望だけではなかったわ」
ウィン「ポーリン、ありがとう」
ポーリン「お礼をいうことじゃないわ。あたしもホセに助けてもらった。あなたもホセに助けてもらったのね。この人には太陽のような暖かさがあるから、きっとこの人のそばにいればあなたの傷も癒えると思うわ。そうだ、今度ソフィ アもここに連れてこようかしら。そうすれば彼女の傷も癒されるにちがいないわ。いいかしら?ママ?」
ママ「もちろんだよ。人がたくさんいるのは大歓迎だよ。まかしときなさい!」
その次の週、彼女がやって来るという事で、ホセの母親とポーリンは料理の腕によりをかけていた。
そこへ一本の電話がかかってきた。ウインだった。ロスに住んでいる父親の体調がすぐれないので呼ばれたのだ。申し訳ないという詫びの電話だった。
約束の時間にホセの家の戸口に立ったソヒョンにホセと彼の母親は一瞬視線が止まった。ホセの母親は台所を振り返り、ポーリンに見られてなかったことで安堵した。
「ようこそ。ポーリンの大切な友達なら家族みんなの大事な友達さ。いつでも大歓迎だよ!」ホセは人懐 っこい笑顔で迎えてくれた。
「さぁさ、早くお入り。お腹の子の為にも沢山食べて元気になっとくれ。」飾らないけれど、慈愛に満ちた瞳にソヒョンは懐かしさを感じた。
「ホセの友達を呼んでいたんだけど、急にこれなくなって。残念がってたわ・・」とポーリンが言った。
家族の食卓と呼べる食事は何ヶ月ぶりだろう。思わず涙がこぼれそうになり、はずした視線の先にホセの幼い頃の写真が飾ってあった。
ホセと肩を組みいたずらそうに笑う男の子からソヒョンは目を離すことが出来なかった。
写真を見たまま、会話にも上の空になっているソフィアにホセが話しかけた。
「その写真、気に入ったのかい?」
「いえ、なんだか知っている人に似ているような気がしたもんだから」
「そうか� �、、。俺の横に映っているのは俺の親友だったんだが、この写真を撮った翌日亡くなったんだ」
「え?」
ひょっとしてこの少年がウィンではないかと かすかな希望を一瞬でも抱いたソヒョンの心にまた闇がおおってしまった。
「この湖は毎年何人もの人が亡くなっていくんだ。しかしそんなこと何もないように静かであたたかな湖面だろう?不思議なくらいにね」
そこでポーリンが口をはさんだ
「はじめてきた人に、そんな話し、、。それにソフィアはこれから新しい命を生み出そうとしているのよ」
そのころ、ウィンは飛行機の中で幼い日を思い出していた。そう、ホセの家にあったあの写真を撮った日のことを。
ウィンには一卵性の兄がいた。何をするにもいつも一緒。一卵性だというのに兄はとても快 活で社交的だった。ウィンはその兄の後ろにいつもいて、目立たない存在だった。父もそんな兄をとてもかわいがった。双生児のせいか、一つの物事に対して同じように考えたり感じたりしていてもいつも兄が先に口に出し、「お前は頭がいいな」とほめてもらえるのはいつも兄だった。
しかしウィンは兄に対して嫉妬はしなかった。兄はそんなウィンをきちんと認めてくれていたからだ。父に対してもかばってくれることがよくあった。そのことが逆効果になることもしばしばあった。
あの日、、そうあの写真を撮った日。
いつものように3人で水辺で夕陽が沈む頃まで遊んでいた。カメラを持ってきていたホセが写真を撮ろうと言い出した。まず最初にホセと兄が被写体になった。
ウィンは目をこらしながらファイン� ��ーをのぞき込み、「撮るよ〜〜」と叫んだ。レンズの中の二人は肩を組み、楽しそうに笑っていた。
「じゃ、次は俺が撮ってやるよ、ウィン、ホセの横に並べ」兄はそう言ってカメラを受け取った。
「よし、笑ってこっちみろよ」
シャッターを押そうとしたが、下りない。
「ホセーーフィルムが終わってるじゃないか〜〜〜」
大笑いしながら3人で家路へと向かった。
ホセと別れた後、湖に沿って家に向かっていたウィン兄弟。激しい風が吹いてきて、ウィンの釣り竿が流された。
「あ!」追いかけようとしたが、その場所はいつも「ここは危険だから絶対に入ってはいけないよ」とホセに言われていた場所だった。地面からはわからないが、急激に深くなり、しかも水温がとても低いからだ。そこで何人もの� ��が命を落としている。
「あきらめろ」と言いながら兄は先を歩いていった。ウィンはどうしてもあきらめきれないでずいぶんその場所で木ぎれを使って引き寄せようとしたが うまくいかない。
「ウィン、俺の釣り竿をやるから」と兄が引き返してきた。しぶしぶウィンはその場を立ち去った。
スリル&悪寒ラクロストーナメント
次の日の朝、ホセの家に向かっていた二人はその場所を通りかかった。釣り竿は昨日よりも岸に近づいているように思えた。もう一度ウィンは木ぎれで引き寄せようとした。
そのとき、、。
足が滑って湖面に飛び込んでしまった。もう少しで手が届く、、そう思った時、何かが足を引っ張っているように感じたウィンの体が水中に沈んだ。
兄はすぐさま飛び込んだ。陽が輝いている湖面はあれほどきらめいているのに この水中はまるで別世界だった。
もがくウィンのお尻を誰かが下から押し上げた。「兄さん!」必死のウィンは兄の助けを借りてようやく顔を水面に出すことができた。
すぐに兄も顔を出すだろうとウィンは一人で岸にあがっ た。しかし、いつまでたっても兄は出てこない。
必死で兄を呼ぶがやはり湖面には何の変化もあらわれない。動転したまま、ウィンはホセの家に狂ったように走った。
「ホセ!兄さんが、兄さんが!!」
そう言ったまま玄関にへたり込んだウィンを揺り動かしてホセは詳細を聞いた。
「ママ!ロープを持って一緒に来て!」と走り出したホセ「あんなにいつもあそこだけは入っちゃだめだと言ってたのに、」悔しさに涙があふれそうになりながらその場所へ向かった。
ウィンの言うようにそこには人が今沈んだばかりの様子などみじんも見せず いつものように穏やかな湖面だった。ホセはようやく追いついたママからロープを受け取り、自分の腰に巻いて片端を近くの樹にくくりつけた。
「ママ、僕が水中からロ� �プを引っ張ったら、引き上げて!」そう言ってホセもまた水中へ飛び込んだ。
ロープが引っ張られママとウィンが急いでそれを引き上げたとき、ホセは兄を抱いていた。蒼白になっている兄の顔。ホセは人工呼吸をした。
数分後奇跡的に兄は息を吹き返した。急いで病院に運んだ。
急を聞いて駆けつけた両親。「どうしてこんなことに」泣き崩れる母を支えながら父はウィンをにらみつけた
「どういうことだ!」
「僕が、、僕が悪いんだ、、、」
病室から出てきた医師が告げた
「意識が戻りました。でも少しの間だけでしょう。最後のお別れをどうぞ」
病室に入った家族。
「兄さん!」叫ぶように駆け寄ったウィンに優しく微笑む兄。
「しっかりして!大丈夫よ」と母の泣き声
怒りで唇をふるわ� ��ている父からでた言葉は「どうしてお前なんだ、、。どうしてウィンじゃないんだ」
「どうしてウィンじゃないんだ」この言葉は今でも心の中に突き刺さっている。
兄は父の言葉を聞いて
「父さん、違う。悪いのは僕だ」
それが兄の最後の一言になった。
それからしばらくして、ウィンの一家はブラジルを離れた。
そんなことを思い返しながらウィンは飛行機の窓から雲を眺めていた。父は最期の時まで俺を許さないだろう。兄を奪った俺を、、。
一方ソヒョンはホセの家での食事を終え、庭にある椅子に座りながらホセとポーリンがホース出水の掛け合いをして じゃれあっているのを見ながらくつろいでいた。
そこへママがアイスティーを持ってきてくれた。
「楽しめたかい?」
「ええ、� �んなに緩やかな穏やかな気持ちになったのはずいぶん久しぶりです」
「それはよかった。こんなに温かい家庭に見えても昔はいろいろあったんだよ」
「え?」
「今となっては笑って話せるけど、当時は辛かった」
「そうなんですか」
「だから、あんたも落ち込んでいてはだめよ」
「あの、、」
「わかっているよ。何かわけありなんだろ」
「・・・・」
「無理には聞かないよ。でも、話したくなったらいつでもおいで。話したくなくてもおいで。そして一緒に食事をして笑っていればいい。そうすることがお腹の中の子どものためでもあるんだよ」
「はい、そうします」
「ところで、お腹のパパはどうしたんだい?」
「・・・別れました。いえ、、彼は去っていきました」
「そうかい。それ� �辛いね」
そう言ってママは背中をさすってくれた。
いつしかソヒョンは涙をボロボロこぼしていた。
いつからこんな穏やかな気持ちになったことがなかったのだろう?ソヒョンは思い返していた。
まだ妹が3歳で母は亡くなった。それからは自分が妹の母として、家事の一切を取り仕切った。自分の自由になる時間などなかった。ただ「自分がしっかりしなくちゃ」という思いだけで日々を過ごしてきた。そんなソヒョンの唯一自由になれるのが勉強をするときだけだった。何も楽しみのない自分の生活の中で勉強しているときだけがやすらぎだった。同級生たちが楽しそうに遊んでいるのもうらやましいとさえ思わなかった。もちろん恋など無縁で青春は過ぎていく。
奨学金をもらい、大学には父に負担をかけるこ� ��なく行くことができた。その図書館で出会ったのが夫だった。裕福な家庭で育った夫は惜しみなくソヒョンにプレゼントを贈ってきた。アクセサリーなど買ったこともつけたこともなかった。それは初めての感覚。でもこれが恋ではないだろうと思っていた。
やがて彼から結婚を申し込まれた。そのころ、父親の事業がうまくいかなくなり、ソヒョンは卒業後は就職をするつもりであった。そして妹の学資資金も必要だった。彼はそんなことをすべて面倒見ると言ってくれた。
彼はいい人だ。裕福な家庭で育ったせいか物腰もスマートで落ち着いている。ソヒョンも彼を嫌いではなかった。彼に請われ、父親も勧めるこの結婚を受け入れることにした。しかし心がときめくことは一度もなかった。
そう、自分の結婚さえ、家族 のためだったのだ。
結婚してからは裕福な家族たちに気を遣いながら金銭的にも余裕のある生活ができた。年々からだが弱っていく父親にも満足のいく介護をできる余裕もある。妹は大学を出して、留学にも行かせてやれた。自分にも息子が生まれ、これが家族で自分の人生でこのように流れていくモノだと漠然と考えていたのだった。
しかしその間、一度も心が安らぐことがなかった。心を許して甘えられる事がなかったのだ。
ホセのママは温かい。そばにいるだけで穏やかになれる。
今、初めて愛した人の子どもを宿しながら彼女になら頼れると感じていた。
庭のベンチでママに背中をさすってもらいながらひとしきり涙を流したソヒョンはやがて目の前に湖の向こうへ沈んでいこうとしている真っ赤、いやオレ ンジの太陽を見た。こんな大きな太陽は見たことがない。いや、太陽はどの国でも同じ大きさのはずなのに、どうしてここだけはこんなに大きく見えるのだろう。
圧倒されているソヒョンを抱きしめながら、ママは「すごいだろ?この大きな太陽のまっすぐな光に包まれるとね、辛いことや哀しいことは癒されていくんだよ。誰も頼る人がいないんだったら、ここにいていいんだよ。ここは時間がゆっくり流れるからね」
その言葉は韓国でウィンの部屋で雨だれを手に受けながら自分の想像していたのと同じ答えだった。ウィンが「40歳を過ぎたらマナウスで暮らそうと思う」と言っていたことを思い出した。彼にはまだ早すぎる、、。まだ30代にもなっていないんだから、、。小さくため息をつき、目を上げてオレンジ色� �光に包まれた
ソヒョンは先に帰り、食事の片づけをしていたポーリンにママは聞いた。
「ソフィアには身よりはいないのかい?」
「あの人、自分のことはあまり話さないの」
「お腹の子の父親は?」
「彼とは別れたって」
「どうして別れたんだろうね」
「彼女が彼を愛さなかったからですって」
「だったらどうしてこんなところまで来て子どもを産もうとしているのかね」
「さあ、それ以上のことは話さないの」
「そうかい、、」
飛行機を降りたウィンは濁った空気の中を病院に向かった。父親が倒れたということは、またこのよどんだ空気の中で暮らさなければいけないのだろうか?父親の事業の跡を継がなければいけないのだろうか。あのワンマンな父親のことだ、きっとそう言うに違い� �い。そのときはきっぱり断ろう。そして自分の人生を歩こう。初めて人を愛するということを知った今では、他人任せの人生は考えられない。口をきつく結んで病室のドアをノックした。
フィリピンのように医療制度は何ですか
そこにいたのは、ウィンのイメージとは全く違った父親が横たわっていた。付き添っていた母親がウィンの顔を見るなり泣き出した。
「母さん、、、」
厳格な父親の横でいつもウィンを影ながら気遣ってくれた母親にだけは済まない気持ちで一杯だった。
眠っている父親の顔はすっかり老人だった。最後に父親の顔をこんなにじっと見つめたのはいつだったのだろう?こんな人だったのか?困惑した思いで父親の手を握る。この手の小ささは何だ?骨ばった手の感触はどうしたことだ。昔、兄と自分を両脇に抱えてくれていた父親の手はもっとおおきくてごつかったはずだ。
自然に涙が流れた。
ふっと父親の目が開いた
「とうさん、 、」
「ああ、ウィンか。済まないな。心配かけたか。なあに何でもないさ。母さんが大げさなだけだ。わざわざお前を呼び戻すほどのことでもないのに」
返す言葉がなかった。大したことないなんて、、。今にも目の前から消えていきそうな姿なのに。
「とうさん、僕が心配かけたからだろう?」
「いや、それは違う。お前はもうお前の人生を歩いていけばいい。」
ずっと持ち続けていた父親への反発の思いは何だったのだろう?こんな人ではなかったはずだ。いつも命令だけの人だった。
「どうして、、」
「いつもお前は俺を避けてたな。俺は俺なりにお前を愛していた。ただ一人の息子だ。できるだけ順調に道を歩かせていきたい。先に先に準備していたのはそのためだ。だが、お前は俺に何も訊かなかった 。」
「それは、、、」
「だが、今回だけは違ったな。俺の考えと違った行動を初めて起こした。婚約者を捨てるなんてな」
「すまなかったと思っています」
「いや、それでいいんだ。もちろん相手には誠意を持って謝罪しなきゃならないぞ。だがな、俺には謝るな。俺はずっと待っていた。お前が俺の敷いたレールの上からはずれるのをな。そしてそのときが来たらお前にすべて譲ろうと考えていた。」
「そんなこと」
「これからはお前の好きなようにしていいんだ。会社もやりたくなきゃ、やらなくていい」
母親がウィンの背中をそっとさすってくれた。
振り向くウィンに優しくうなずいた。
いままで鎧に閉ざしていた心が解き放たれた。
「とうさん、、ごめんなさい。兄さんが死んだあの日から� ��は兄さんの身代わりなんだと思っていたんだ。だから父さんの命令にもそむくことはしなかった。いや、できなかったんだ。ごめん、、、」
白いシーツにウィンの涙がひろがった。
父の葬儀を終え、ずっと寄りつかなかった実家へもどったウィン。リビングにはどこで撮したのか自分には見覚えのない写真がたくさん飾ってあった。笑うウィン、何かに熱中しているウィン、頭をかいて悩むウィン、採掘場へ向かうウィン。酒に酔っているウィン。その写真たちをなぞりながら、母親に訊いた
「これ、どこで?」
「お父さんがね、あなたの赴任していた支店長にこっそり頼んでは送ってもらってたのよ。写真であなたの元気そうな姿が見られたらそれでいいんだって。あなたなかなか姿を見せないし、たまに来た時もぶ� �っとして、黙ったままだったし。あなたのこと、本当に愛していたのよ。お父さんも無愛想な人だったから病院に入るまでは口には出さなかっただけ」
「父さん、、」
たくさんの自分の写真の前で膝を落とした
その写真たちの中にソヒョンと並んでいる自分の姿があった。忘れようとしてどうしても忘れられない人だ。初めて心から愛した人がそこにいる。でも、もう手は届かない。
「これからどうするつもり?」
「わからない。少し考えてみる」
それからの数日はただぼーっとして過ごした。自分がどうしたいのかわからない。何を求めているのかわからない。父への反発だけを生きる証にしていた自分にそれを無くしたら何を目指せばいい?
ある日の夢の中、でっかい太陽が見えた。そこには笑いなが� �湖のほとりを走り回っている二人の少年の姿が見える。若き日の自分と兄の姿かと思ったが、そうではないようだ。こころなしかソヒョンに似ているような気もする。
やがて夢の中の二人を真っ赤な夕陽が包み込む。影が長く伸びた頃、少年を呼ぶ声がしている「ごはんよーーー」
少年は顔を見合わせ、一目散に声のする方へ駆けていく。
子どもたちを両脇に抱えて嬉しそうにしている女性のすがた。
そうだ、、ブラジルへもどろう。
兄のいるあのゆるやかな土地へ。父への反発も、忘れられないソヒョンの面影も、楽しかった兄との思い出も、すべて許して受け入れて、また一から出直せばいい。ホセもいてくれる。いつも大きな胸で抱きしめてくれるあたたかなマンマもいる。そして妹のようなポーリンも。自分に は何もないけれど、彼らの家族になろう。
翌日晴れ晴れとした気持ちで母親に希望を伝えた。
「それで、あなた何をして生活していくつもりなの?」
「新しい石材会社をつくるよ。マナウスにはいい鉱石がでるところがあるんだ。悪いけど完全独立だ。さしあたって僕の貯金だけでは足りないだろうから、融資を頼みたいんだ。何年かかっても必ず返すから」
「言い出したら聞かないのはお父さんとそっくりね」
寂しそうに微笑む母を抱きしめた
「母さん、ごめん。本当にごめん。親孝行何一つしてやれなかった。そばにいてやれなかった。」
「ばかね、いいのよ。あなたの悩みはわかっていた。それをどうしてあげることもできなかった自分が悔しいわ。でも、あなたのその笑顔を見られたことですべて報わ� ��たわ。好きなところに飛んで行きなさい。私はお父さんとの思い出が詰まったこの家を離れないわ。会社の引き継ぎは気にしなくていい。お父さんがすべて段取りを整えてくれいるから。あなたが継いだ場合と継がない場合、どちらもきちんと用意してあったのよ。でも、孫の顔は必ず見せにきてちょうだいよ。」
「母さん、結婚もしてないのに孫だなんて、、」
「あなた、婚約者を捨てるなんて誰か他に好きな女性がいるんじゃないの?」
ウィンは答えにつまった。
「ほら、都合が悪くなるとすぐに無口になる。 (笑)」
そのとき、ウィンの視線が飾られている写真の一枚に目が停まったのを母親は見抜いていた。
「きっと素敵な女性なんでしょうね。幸せになりなさい」
母親も同じ写真を見つめていた。< /p>
ソヒョンと一緒に映っている写真をスーツケースにしまい、ウィンは再びブラジルへ向かった。写真の彼女の顔をなぞり、
「今君はどうしている?あの冷たい家庭で今も暮らしているの?僕を思い出すことはもうない?」
心でつぶやきながら「でも、僕はずっとあなたを愛し続ける。いつまでも、どこにいても」
空港に降り立ったウィンは何か吹っ切れたような晴れやかな気分だった。新しい人生が始まる。自分ではじめる仕事。懐かしい場所、兄さんの思い出、そしてソヒョンへの変わらぬ想い。
まずはホセの家に行かないと、、。まっすぐに向かった。
そのころ、ホセの家の電話が鳴った。
ロスにいたウィンからブラジルへ着いたら電話するよと連絡を受けていた。
電話はポーリンからだ。
「ホ� ��!ママはいる?ソフィアが倒れたの。どうしたらいい?」泣きながら助けを求める。
ママは急いで電話を替わり、
「落ち着いて。出血はしているか確かめてごらん」
「は、、はい」「大丈夫みたい」
「脈拍や呼吸に異常はない?」
「まるで眠っているみたいだけど」
「じゃぁ、慌てることはない。今すぐ行くから、そのまま待ってなさい」
「ホセ!車をだして、すぐにポーリンの家に行くんだよ。ソフィアが倒れたの」
「わかった」
二人を乗せた車は砂埃を立てながら湖の東側へ向かった。
誰もいないホセの家に着いたウィン。道理で電話しても誰も出なかったはずだ。
「なんだ、誰もいない」
手慣れたようにいつものように隠してある場所から鍵を取り出し家の中に入る。
テーブルの上にはコーヒーがのみかけのままで置いてある。
「どうしたのかな」
怪訝に思いながら椅子に座り、大きくため息をつく。
懐かしい兄の写真を見る。
「兄さん、ただいま。おれ、ここに帰ってくることにした。一から始めるんだ。父さんにも頼らずに。俺一人で。兄さんは賛成してくれるだろう?この湖で見守っていてくれるだろう?」
今では少し黄色く変色している笑顔の兄に静かに語りかける。
「俺、好きな人がいるんだ。今はぼくのそばにはいないけど、� �めて好きになった人で、そしてずっとこれからも愛し続けられる人なんだ」
そう言いながら実家から持ってきたソヒョンと並んだ自分の写真を兄の横に並べた。
「いつか、彼女が僕のことを愛しているといってくれるようになるように自分の足でしっかりと立つんだ」
カップを台所へ運び、洗う。
そしてテーブルの上にはホセに手紙を残した。
「俺、これからはここに住むことにした。まずは会社を立ち上げる。住むところも探す。一段落したらまた連絡するよ。ホセとママは僕の家族だから。愛しているよ ウィンより」
ソフィアの様子は思わしくない。細いか身体の割には大きすぎるお腹。ママはすぐに病院へ運んだ。
医師からは胎児がかなり危険な状態であること、そして双子であることが告げられた。 身寄りがないソフィアにママは付き添い、すべての手続きをした。家の農園のことはしばらくホセにまかせることにした。
家に戻ったホセはウィンのメモをみつける。
「帰ってたんだ、あいつ」
内容を呼んだホセにはウィンが何かを決断して帰ってきたことをすでに感じていた。
「そうか、あいつとうとう落ち着いたんだ。」
ウィンの父親が亡くなったことはまだアメリカに居たウィンから聞いていた。その後どうなったのかは詳しくはわからない。でもきっとウィンのことだ、いつかわだかまりは溶けると思っていた。
ウィンが帰ってきた。母親はソフィアに付き添っている。ママのことだ、きっと彼女を引き取ると言い出すだろう。ポーリンもこの家が居心地がいいという。
「さあ、にぎやかになりそうだ� ��」
一人微笑むホセだった
ソフィアが目を覚ますとママの大きな顔がのぞき込んでいた。その横ではポーリンも心配そうに見ている
「あたし、、、」
「大丈夫だよ。あんたもお腹の子どもたちもね」
「(うんうんと泣きながらうなずくポーリン)」
「すいません、ご迷惑おかけしたんですね」
「いいんだよ。そんなことは。それよりもそこまでお腹が大きくなってしまったんだし、仕事はもう無理だよ」
「でも、働かないと、、」
「こっちには身寄りがないと言っていたね。どうだい、うちに来ないかい?うちで農園の帳面でもつけてくれたらいいよ。ホセもあたしもお金の計算が全く苦手でね。ポーリンに聞いたら、あんたはえらい秀才だっていうじゃないか。是非お願いするよ。もちろんちゃんと給料 も払うよ」
「そんなこと、、」
「とりあえず、無事に赤ちゃんが生まれるまでは言うとおりにしなさい。命令だからね」
「(うんうんと やはり泣きながらうなずくポーリン)」
「あの、、さっきなんて言いました?お腹の子ども「たち」って?」
「双子だってさ(^_-)-☆」
それからはみんなの時間があっという間に過ぎた。
ウィンは新しい事務所を開いた。昔の自分たちのことを覚えていてくれた人が助けてくれて事務所が格安で借りられることになった。取引先もその人が整えてくれた。昔父親に困っているところを助けられたそうだ。
ただ、事務所の場所にはこだわった。条件は2つ。兄が逝った湖に近いこと、そしてあの大きな太陽が沈むのが見える場所。そのどちらも満たされたまだ殺風景な事務所� ��ウィンが最初に飾ったものはソヒョンの写真だった。
「さあ、これからだ!」
一方ソフィアはホセの家に移り、毎日にぎやかなママの元で体調を取り戻していった。ポーリンも毎日のように様子を見に来る。
そしてお腹に向かってつぶやく「おばさんですよ」ポーリンはソフィアのことをいつの間にか「お姉さん」と呼ぶようになった。
ホセはたまにかかってくるウィンからの電話で彼の仕事が 順調に動き出したのを聞いていた。もうすぐ仕事が始められるので、そのときには必ずパーティに出席してくれと言われている。
やがてパーティの日、招待されたママとホセは少し着飾って支度をしていた。「開業祝いは何がいいかねぇ」といいながらにぎやかになごんでいた。
そしていざ出発しようとしたとき、� �フィアがお腹を抱え込んだ。
「あら、いけない、生まれそうだね。臨月が重なったからね。でもすぐには生まれないから、ホセ、お前だけ行きなさい。事情を話してね。きっとママもそのうちお祝いに行くからと伝えて」
「病院まで送らなくて大丈夫?」
「こんなとき、男は何の役にもたたないんだから、さっさとお行き!」
ウィンの事務所についたホセ。パーティが開かれるまではホセにも場所を教えていなかったのだった。そしてその場所の意味を悟ったホセは静かにウィンと抱き合った。
「おめでとう、ウィン」
「ありがとう、ホセ。きっと兄さんがそうしてくれってこの湖で言っているような気がしたんだ」
「そうか、これですべて解決したんだな」
ホセが机の上の写真立てに目をやった
写真 の女性がソフィアだと気がついたホセ
「これ、誰?」
「俺がこの世でただ一人、愛している人」
「じゃ、この人が婚約者だった人のお姉さん?」
「そうなんだ。結局愛しているとは最後まで言ってくれなかったけど。俺はずっと彼女だけを愛し続ける」
「彼女とその後連絡はとっていないのかい?」
「ああ、こっちへ来る前に別れてそれきりだ」
「彼女は今どうしていると思う?」
「さあな。あの鉛のような家で心のない生活を続けているんだろうよ」
「そうかな」
「たぶん、そうだよ」
寂しそうに微笑むウィンにホセはいいことを思いついた。
「ウィン、お父さんが亡くなる前に紹介したい人がいるって言ってたの覚えてるかい?」
「ああ、ポーリンの友だちだとか」
「いい人なんだ� ��。会ってみないか?」
「興味ないな。今はそれどころじゃない」
「いや、きっとおまえ、気に入るはずだ」
ホセは大笑いしながら一週間後に必ず家に寄るように言った
一週間後、ウィンはワインを持ってホセの玄関前にたつ。
ホセの家では庭でバーベキューをするために朝からポーリンも来てあれやこれやと準備に忙しい。
「あたしも何か手伝います」
ソフィアがそう言うのにママは「だめ、双子を産んだんだよ。まだまだゆっくりしていなさい。そのうちこき使ってやるから。今は二人の顔を見ていてやりなさい」
ソフィア、いやソヒョンは幸せを感じていた。体温の感じない韓国での生活を続けていればどうなっていただろう?きっとあのまま何も感じず、そしてそれを何とも感じずに老い、死んで� ��くのだろう。
あのとき飛び出して良かった。太陽のぬくもり、風のささやき、あたたかな人たち。きっとこの人たちに出会うためにウィンを失ったのだろう。いや、違う。彼が私をここへ導いてくれたんだと思おう。
そろそろ夕陽が傾きはじめた。
クレイドルに並んで寝ている子どもたちに語りかける
「すごいでしょう?きれいでしょう?あなたのお父さんが教えてくれたのよ」
チャイムが鳴る。
ホセが玄関に向かって大声で叫ぶ「あいてるよ〜〜」
そしてホセはママとポーリンを急いで木陰へ呼び寄せ、庭から姿を消した。
ドアを開けてウィンが入ってくる。ポーチにはソヒョンが二つのクレイドルを交互に揺らしながら座っていた。夕陽にシルエットを浮かばせて二人は再び出会った。
Fin
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